"our patchwork heritage is a strength, not a weakness"

『現代詩の鑑賞101』大岡信編、新書館、1998年、ISBN:4403250319)を繙いて、編んでみる。

どうもちかごろ
舌が紙のようにぺらぺらめくれあがったり*1

イデオロジストの顰め面を窓からつきだしてみる
街は死んでいる*2

割れた少年の尻が夕暮れの岬で
突き出されるとき*3

よくよく そのバスの窓からのりだして
のぞかねばならない*4

あおぞらのふかいところに
きらきらひかるヒコーキ一機*5

一枚の葉を記憶し
一枚の葉のあとを追い*6

もちろんのこと
私はおまえに向って飛ぶ*7

あまたの記憶とさびしさを
風に鳴る絵馬のようにぶらさげて*8

露をふくんだ薔薇の嬰児が 曙の眠りを眠っている
希臘の嘆願者のように とりすがっているわたしの上で*9

毛けむりの毛むりな毛むだな毛
けちんぼの毛*10

秘匿されるべきものの現前に立ちあい
引き裂かれる樹木の股に堪えて涙なく
こだまする胸の痛みが
深まるにまかせよう。そして*11

セックスはもうたくさん
うまい酒がのみたいね たくさん*12

草が多ければ心がなごむ
そう思って「草多」と名づけたのだ*13

……ところが 卵だけは腹の中にぎっしり充満していて ほっそりした胸の方にまで及んでいる。それはまるで 目まぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが 咽喉もとまで こみあげているように見えるのだ。……*14

死と冒険がまじりあって噴きこぼれるとき
かたくなな出発と帰還のちいさな天秤はしずまる。*15

ああ こんなよる 匍っているのね なめくぢ
おまへに塩をかけてやる
するとおまへは ゐなくなるくせに そこにゐる
  おそろしさとは
  ゐることかしら
  ゐないことかしら*16

おっかさんはいつわたしを生んだのだ
きみの母親は云ったのだ
あたしゃ生きものは生まなかったよ*17

どんなに君がひざまずいても、
生きようとする影が、草の高さを越えた以上、
チャーリーは言うだろう。*18

まちに住むといふことは
まちのどこかに好きな所を持つといふこと。*19

そこで霧にまかれたこともなくそこで蛇に噛まれたこともない
ただ眺めているだけで*20

われわれは熱い雨の街であることに気づく
〈またぎ越せ無能な河は〉
あの叫びの列を新らしく背後に聞く
われわれの残酷な子どもたちの声を*21

言葉で思っている
そそり立つ鉛の塀に生まれたかった*22

四人の僧侶
一人は枯れ木の地に千人のかくし児を産んだ
一人は塩と月のない海に千人のかくし児を死なせた
一人は蛇とぶどうの絡まる秤の上で
死せる者千人の足生ける者千人の眼の衡量の等しいのに驚く
一人は死んでいてなお病気
石塀の向こうで咳をする*23

それから もう一度
顔もあげずに川をわたって帰ってくる*24

ああ だがほんとうだ 人間というものは
読んだ本に書いてある通りに 生まれて育っていくのだ*25

未来につきだした蒼ざめた首 そして多くの同類
盲目の運命の縞模様がその額に入墨した不滅の十字架*26

きみは惜しむだろうか
きみの姿勢に時がうごきはじめるのを*27

おお頭を垂れよ 汝の焼いたものを崇め
汝が崇めてきたものを焼けと*28

ぼくの意志
それは盲ることだ*29


現代詩の鑑賞101 新装版 (ハンドブック・シリーズ)

*1:「野の舟」の一節、清水昶『野の舟』

*2:「繋船ホテルの朝の歌」の一節、鮎川信夫『橋上の人』

*3:サフラン摘み」の一節、吉岡実サフラン摘み』

*4:「男根」の一節、白石和子『今晩は荒模様』

*5:「動物の受難」冒頭の一節、岩田宏『頭脳の戦争』

*6:「むずかしい散歩」の冒頭、安藤元雄『水の中の歳月』

*7:「鳥〔四章〕」の一節、安水稔和『安水稔和詩集』

*8:「亀戸」の一節、辻征夫『河口眺望』

*9:「薔薇の木」の一節、高橋睦郎『薔薇の木 にせの恋人たち』

*10:「〈毛〉のモチイフによる或る展覧会のためのエスキス」の一節、那珂太郎『音楽』

*11:「大股びらきに堪えてさまよえ」の一節、岡田隆彦『わが瞳』

*12:ジャック・ラカン」の一節、飯島耕一『さえずりきこう』

*13:「草多という名」の一節、鈴木志郎康『家族の日溜り』

*14:「I was born」の一節、吉野弘『消息』

*15:「新鮮で苦しみおおい日々」結びの一節、堀川正美『太平洋』

*16:「無題(ナンセンス)」の一節、吉原幸子『幼年連祷』

*17:静物」結びの一節、富岡多恵子『女友達』

*18:「チャ−リー・ブラウン」の一節、清水哲男『スピーチ・バルーン』

*19:「調布V」冒頭の一節、大岡信『水府 みえないまち』

*20:「鷹繋山」の一節、谷川俊太郎『世間知ラズ』

*21:「反動西部劇」結びの一部、天沢退二郎『時間錯誤』

*22:「鉛の塀」の一節、『川崎洋詩集』

*23:「僧侶」第八聯、吉岡実『僧侶』

*24:「むずかしい散歩」結びの一節、安藤元雄『水の中の歳月』

*25:「客人来たりぬ」の一節、三木卓『東京午前三時』

*26:「われらの五月の夜の歌」の一節、『三好豊一郎詩集I』

*27:「石膏」の一節、清岡卓行『氷った焔』

*28:「越冬賦」結びの一節、渋沢孝輔『越冬賦』

*29:「燃える」の一節、吉増剛造『黄金詩篇