YASUDA Yojuro, OTOMO Yakamochi

万葉集の精神―その成立と大伴家持 (保田与重郎文庫)

  • 防人について

彼らは時局に対して志士の如くに立つことは思ひよらなかつた。彼らは政治の裏面の頽廃は知らず、情勢の帰趨も知らず、しかも美しい畏命の心情に住んで、よく国の根柢の、沈黙の土台となり、この同じ意味から当時の上層の陰謀政治をも支へてゐたのである。何によつて支へたか、即ち真の国の歴史の精神を護り伝へるに足る至誠尽忠の神(かむ)ながらの至醇心によつて、謬つた情勢政治のために、国の根柢の崩壊する危機を支へ守つてゐた。しかもそれが真の歴史を支へる道であつた。さういふ情態の悲痛さは今云ふ必要がない、天平の歴史を支へたものは、神を何の自覚もなく己の中にもつた国民だつたのである。この自覚と反省をさして国民精神と呼び、その事情と現れの美しさを示す古典の徴証がわが万葉集である。さういふ意味では崇高か悲痛か、今日では言葉さへないが、家持はさういふ事実をすでに己に反省し自覚してゐたのである。(保田與重郎万葉集の精神−その成立と大伴家持』)p421-422